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2014-10-13 17:01:00

  東京の冬の夜と来たら実にたまつたものでないのです。道は石のやうに凍り、吹く風は身をきるばかり。殊に青山の大通は道幅の広いだけに風の当が強く、晴天がつゞくと此寒い風が更に砂を捲いて顔にぶつかるのです。処が其夜は雪あがりで砂の厄難のないかはり、道が氷の上のやうにすべる、僕は物ともせず頸をすくめてどし/\歩きました。
  道はまるで無人の境です。人つ子一人通つて居ません。街灯が寒さうな光をかすかに放つて居るばかり。
  星斗闌干(せいとらんかん)、武蔵野は晴れに晴れて、大空を仰げば気も遠くなるばかり。天の川白く霜を帯びて下界を圧して居るのです。
  かういふ晩に車に乗るは却て寒気(かんき)を増すばかりなることを僕はよく知つて居ますから、此寒さにも客まちして居る車夫の一人を見ましたけれども乗りません。どし/\歩きました。
  新坂を下りると鍋焼うどんが居ました。一人の若い男が頻りと甘さうに食べて居ました。

                國木田獨歩 「夜の赤坂」 1930年より